表と裏の高速回転

色々な気持ちを忘れない様に

白昼夢

気がつくと私は、300人位が入りそうな芝居小屋にポツンと居た。

薄暗く、もう何年も使用されていない様な場所。

客席の中央辺りにスポットライトが当たっている。

その光が、幾粒ものキラキラ光る埃を映し出していた。

 

—ここに座れと言うのか。

 

不思議に思いながらも、照らされている席に私は座った。

 

暫くすると開演のブザーがなり、次第に辺りが暗くなり始める。

ゆっくりと緞帳が上がり、舞台にピンスポットライトの丸が現れた。

 

浮かび上がる

 

「グルグル」回っている

 

男の姿。

 

必死に、全力で回転している。

腕と足をばたつかせ、暴れる様に。

 

あれではそう長くはもつまいと思った。

 

やはり、息が次第に荒くなり、疲れ果てた男はとうとう倒れてしまった。

大の字になって激しく上下する上半身。

すると、すかさず何処からか、

 

—お前みたいなもんが。

 

と、馬鹿にした様な声がした。

 

すると、男は疲れきった身体を引きずる様に立ち上がり、引き攣った作り笑いをした。

 

そこで私は気付く。

 

…あれは、「私」だ。

 

そしてまた、「私」は回り出した。

汗なのか涙なのか分からない液体で、顔をぐしゃぐしゃにさせ、何とも形容しがたい唸り声をあげながら。

 

やがて、精も根も尽き果てた「私」は客席に背を向けて座り込んでしまった。

 

浴びせられ続ける嘲笑。

 

小刻みに震える背中。時折り自分の太腿を殴っては小さく、

 

畜生。

 

と呟いている。

 

一体、私は何を見せられているのだ。

席を立とうとした矢先、ピンスポットライトが少しずつ動き出した。

 

今度は楽しそうな不特定多数の子供達の声が辺りを包んでいた。

 

ライトは動き、机に突っ伏している男の子を照らし出した。

 

すぐに分かった。

 

…あれは、「ぼく」だ。

 

背の順番が前から2番目で、制服にまだ着られている頃の。

きっと、いじめにあった時期だろう。

 

いじめグループからの攻撃もさることながら、それ以上にキツかった記憶。

 

それは、仲の良いと

 

「思っていた」

 

友達の態度が変わった事。

 

所詮人間なんてこんなもの。

誰も、何も、信用できない。

そうだ、その頃から始めた高速回転。

 

「ぼく」を振り落としたのも気付かずに、軸の無い回転を続けていたのか。

 

「自分しか信じちゃいけない」

「全力で回転しなくちゃいけない」

 

吹けば飛ぶような薄っぺらの心と身体で、少しでも残像を残し、他人を威嚇してきた。

 

鍼灸師、ケアマネジャー、自動車教習指導員。

強くならねばと思い、必死になって取得した資格達。

 

だが、一つも強くなった気がしなかった。

滞りなく寿命を全うするだけが目的の、表面だけを取り繕う、存在意義など無い私と成り果てていたんだ。

 

そんなことを考えていると、舞台全体が次第に明るくなり「私」は、「ぼく」の存在に気がついた。

息を整え、ぐしゃぐしゃになった顔を手で乱暴に拭って「ぼく」の横に立つ。

 

そして「私」は「ぼく」の肩にそっと手を置く。

 

お互いの顔が合った所で、幕が降りた。

 

客席に明かりが灯る。

 

何か気配がして後ろを振り向くと、甥っ子の姿があった。

その横には、ピンスポットライト。

優しい笑顔を湛えながらこちらを見ていた。

 

—あんたらめっちゃそっくりやな。

 

その言葉で我に帰る私。

 

そうだった。

 

今は、姉家族に会っている最中。

 

—おんなじ緑の服着てさ。ちょっと横に並んでよ。写真撮るから。

 

そうか。

 

とても素直に自分を表現する彼に、私は置いてきた

 

「ぼく」

 

を思い出したのだ。

 

—はいチーズ。

—ほんまそっくりやわ。血は争えんなあ。

 

姉は笑っていた。

私も甥っ子も笑った。

 

それから私は、すぐにブログを始めた。

導かれる様に、テーマは、

 

「ノスタルジー

 

「私」と「ぼく」がひとつだった頃を、しみじみ思い出しながら、久しぶりの再会を楽しんでいる。

 

そして決めたんだ。

 

私は、

 

もう、

 

回らない。